インドでタツマル(杉山龍丸)が偉人と言われる理由は?砂漠を緑化し飢餓を救った方法についても調べました。

『世界ナゼそこに日本人 知られざる日本人偉人伝説』で放送されるインドのタツマルとはどんな人なのでしょう?

杉山龍丸さんがインドでガンジー以来の偉人と言われる理由について調べてみました。

杉山龍丸さんは、50年以上前、飢餓で多くの人が亡くなっていたインドで、砂漠を緑化し作物を作れるよう指導することで人々を救い、グリーンファーザーと言われているそうです。

杉山龍丸さんがなぜ偉人と言われるのか?また、砂漠を緑化した方法についても調べました。

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インドでタツマル(杉山龍丸)が偉人と言われる理由は?

杉山龍丸(すぎやま たつまる)(1919年5月26日~1987年9月20日)
出身地:福岡県
陸軍軍人

父・杉山泰道は、「夢野久作」として知られる小説家でした。

祖父・杉山茂丸は政治の世界で活躍し、伊藤博文の懐刀(ふところがたな)とも言われるほどの手腕であり、欧米諸国に食い物にされているアジアの国々を救いたいと考えていました。

特に、インドの独立運動を支援していたそうです。

タツマル(龍丸)さんが偉人と言われるのには、祖父の茂丸さんの意志が大きく影響しています。

この祖父・茂丸さんは、国家の礎になるのは農業だと考え、1901年に4万6千坪の農園を購入し、アジア各国から農業研修の留学生を受け入れます。

そして、インドから来たガンジーの弟子達にも熱心に農業の研修をおこなったそうです。

確かに、自給自足ができるように食料を自国で作ることが独立の要と考えると、祖父の茂丸さんが農業に力を入れたのも頷けますね。

龍丸さんが16歳の時、祖父・茂丸さんと父・泰道さんが相次いで亡くなったそうですが、この時祖父の茂丸さんが「アジアの人達を救いなさい」と言い残したそうです。

16歳の龍丸さんにとって、この遺言とも思える祖父の言葉は自分の使命のように感じたのではないでしょうか。

杉山農園で農業研修の留学生を受け入れていた龍丸さんは1962年、42歳で初めてインドを訪れています。

この時、インドの砂漠化が進んでいることを知ります。緑が少なく穀物が育たないため、国民の多くが慢性的な飢餓状態だったそうです。

飢餓を救うためには砂漠を緑化し、農作物を作れるような環境に変えるしかありません。

龍丸さんは、国からの支援も無い中、現在の価値で140億円の私財をなげうってインドの緑化のために捧げました。

砂漠を緑化し飢餓を救った方法について

杉山龍丸さんは、インドの砂漠に木を植えようと考え、オーストラリアの砂漠で元気に育っているユーカリに目をつけました。

暑さに強く、成長が早いユーカリは、しっかりと根を張り砂漠でも地下水を吸い上げ、地表を潤すことができると考えました。

さらに、ヒマラヤ山脈の裾野を走っている国道沿いに植えることで、ヒマラヤから流れている地下水を利用することができると考え、提案したそうです。

しかし、植林開始と共に干ばつに見舞われ、3年間で500万人が餓死する事態になり、インド政府も事業中止を決めます。

日々の生活で精一杯の人々は、龍丸さんが呼びかけるユーカリの植樹に参加することはできなくなったそうです。

すると龍丸さんは福岡の広大な農園を売却して資金を調達し、家族を日本に残してインドへ渡ります。

この資金、現在の価値で140億円だと言うから本当に驚きですね!

家族は「えっ!ちょっと待って!」とはならなかったのか?応援してくれたのか不明ですが、祖父からつけ継いだ強い信念には反対できなかったのかも知れませんね。

そして暑さの中、毎日孤独ながらもコツコツとユーカリを植え続けました。

すると、龍丸さんの姿に心を動かされた人々が少しずつ加わり、共にユーカリを植えるようになったそうです。

残念なことに、62歳で脳溢血で倒れた龍丸さんは、すべての事業の完成を見ないまま志半ばで亡くなります。

しかし、村から村へと伝えられた植樹方法で、ユーカリは植えられていき、そのおかげで大地は潤い、不毛と言われた砂漠は田畑となりました。

飢餓による死者は確実に減っていったそうです。

終始、日本政府からの援助も得られなかったそうで、杉山龍丸さんのことは日本ではあまり知られていませんね。

しかし、インド、パンジャブからパキスタンまでの国際道路のユーカリ並木とその周辺の耕地は杉山龍丸さんの功績であるとされ、インドではグリーンファーザーと呼ばれています。

私財をなげうち、命を掛けてインドの緑化を進めた偉人、杉山龍丸さん。

本当に強い信念で多くの人々の命を救ったことになります。

ここまでの覚悟をもって他国のために尽くせる人がどれだけいるでしょうか?

現在でもインドでは偉人・タツマル スギヤマはグリーンファーザーとして語り継がれています。

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最後に

『世界ナゼそこに日本人 知られざる日本人偉人伝説』で放送されるインドのタツマルとは、福岡出身の杉山龍丸さんでした。

杉山さんは、戦後のアジアを救おうと考えていた祖父の意志を継ぎ、インドの飢餓の元凶である砂漠化が進んだ土地を緑化しようと奮闘しました。

私財をなげうち、命がけでユーカリの植樹を続け、村人に指導をしながら緑化に成功します。

志半ばで亡くなった杉山さんですが、その功績は現在でも語り継がれ、グリーンファーザーと言われています。

本当に素晴らしい、まさに偉人としか言いようがありませんね。

 

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