美しい外国人との初めての出会い。英語への憧れは「ドロンパ」

群馬県の田舎町で過ごした幼少期。生まれて初めて出会った外国人とのふれあいによって、私はその後、英語に深く興味を持つこととなりました。あの時、私の人生のベクトルは方向が決まったように思います。

Sponsored Link

父の後ろ姿

父は中学校の教師で、数学と英語を教えていました。とても熱心な教師でしたが、私は父に勉強を教えてもらった記憶はほとんどありません。教師を親に持つ友人に聞いてみても、だいたいそんなものらしい。

勉強をしろと言われた記憶もないけれど、父がいつも机に向かっている後ろ姿は、子供の頃から当たり前の光景でした。

初めて見る外国人

小学校の3年生頃だったか、日曜日の午後、私と妹は家の庭でボール遊びをしていました。向かいあってボールを投げっこしていると、妹は突然、ハッと息を呑み、表情がこおりついて玄関の方へものすごい勢いで駆け込んで行ったのです。

振り返ると、そこには二人の美しい外国人が立っていました。

彼らは背の高い若いアメリカ人でした。二人とも金髪、色白で青い目をしていました。初めて見る、絵に描いたような本物の外国人でした。

「ゴシュジンサマハ、イラシャイマスカ?」片言の日本語で問いかけられた私は、魔法にかけられたようにぽーっとしてしまいました。ハッと我に返った時、妹から「外人が来た!」と告げられた父が玄関から出てきました。

アメリカ人と触れ合った数ヶ月

自分が英語教師だから外国人に興味があったのか、はたまた自分の英語が通用するかどうかを確かめたかったのかは不明ですが、父は快く彼らを招き入れました。

私は嬉しくて、父の隣に座り、どんな話をするのかドキドキしながら見守っていました。彼らはユタ州から来たモルモン教の信者で、少しだけ日本語を覚えて布教活動をしているのだと言いました。

ほとんど宗教とは関係ない話で父が質問ばかりしていたように思います。父は得意げに通訳をしてみせました。今思えば、たいした英語は話していなかったような気がします。

好きな食べ物は何か?とか、アメリカの両親はどんな仕事をしているのか?とか。確か、どちらか一人が「お父さんはキャタピラーのついた重機の仕事をしている」と言っていたのを覚えています。

そして来週の約束をすると、一緒にお祈りをして彼らは帰って行きました。数ヶ月の間、彼らは何度となく訪れ、一緒にお茶を飲み、他愛のない話をしたあと、「天のお父様、今日もありがとうございました…」と、お祈りをしました。

Sponsored Link

英語への憧れ「ドロンパ」

目の前に外国人が居る。それもすごいイケメンが二人。田舎町の少女にとって、これは経験したことのない衝撃的な出来事でした。一人の名前はブルー・スターと言いました。「アオイ ホシ デス」と。

半世紀近く経った今でも忘れることができない…。その頃見ていたテレビアニメ「オバケのQ太郎」にアメリカオバケのキャラクターがいました。「ドロンパ」という名で、胸に星のマークをつけていました。

「アメリカ」+「星」=ブルー・スターと、「イケメンのドロンパ」が私の頭にインプットされました。

彼らがアメリカへ帰る日が来て、楽しみにしていた日曜日は終わってしまいました。あの数ヶ月の出来事が、私と英語を結びつけるきっかけになったに違いないと思っています。

Sponsored Link

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です