出会いと別れ、始まりの季節に咲く花、開花予報に見る日本人が桜に寄せる特別な思い。

まだ三月にもかかわらず、気温25度以上の夏日を観測し、前日まで蕾だった職場の桜も一気に満開になりました。
散りゆくまでの短い間に、どれだけその美しさを楽しむことができるのか、咲き急ぐ桜に胸をざわつかせているここ数日。
 
日本人の桜に対する思いは、他の国の人とは明らかに違う気がします。メディアでの開花予報など、海外では聞いたことが無いといいます。
 
昔から日本人には「花見」という習慣がありますが、とりわけ桜には特別な感情を抱いているような気がします。 
 
私の、桜に寄せる思いをつづります。
 
Sponsored Link

出会いと別れ、始まりの季節

日本の学校や会社の新年度の始まりは4月で、ちょうど桜の開花時期と重なります。
 
感慨深い卒業、友人との別れ、喜びに満ちた子供の入学、晴れやかな新生活の始まり…と、私たちの心を揺さぶるビッグイベントがこの季節に集中しています。
 
ただ単に花が美しいというだけではなく、私達はその時の自分の感情を、華やかな桜の画像とともに心に焼きつけているのではないでしょうか。

桜の散りざまを潔いとする考え方

子供の頃、父の兄弟が集まり、年に一、二度は賑やかな宴会が催されました。決まって「同期の桜」という軍歌を歌う伯父さんがいました。 
父の兄弟の中で、兵隊としての戦争体験者が3人、うち1人は戦地で亡くなっています。



「咲いた花なら 散るのは覚悟 みごと散りましょ 国のため」と締めくくられる歌。戦争で亡くした兄弟を思い、涙を流しながら歌う叔父達の姿を、子供ながらに何とも言いようの無い悲しい気持ちで見ていました。



散りざまが潔いとされる桜ですが、その軍歌の歌詞には「戦地に送り出した息子や兄弟が、国のために亡くなることを潔い」とした当時の教育がうかがえます。 
 
国のために死んでいい命なんて無い!と、今なら声を大にして言えます。
 
Sponsored Link

見納めの桜

私は4年前に大切な親友の一人を癌で亡くしました。彼女は高校時代、部活の部長として、いつも私達を引っ張ってくれた力強いリーダーでした。
私を含め同期の4人は、50代になっても一緒に食事にでかけたりと、30年以上に渡り友好を深めてきました。
 
高校の3年間、一年のうち360日くらいを共に励まし合って汗を流し、家族よりも長い時間を一緒に過ごしました。
合宿や遠征では、文字通り「同じ釜の飯」を食べ、お互いの性格や考えていることも、本当に知り尽くした仲間でした。
 
彼女の病気がもう治らないと本人から知らされたのは3月。そして4月になって、彼女は緩和ケアの病院に入院しました。
 
病院の周りには満開の桜が重くなった枝を風に揺らしながら見事に咲き誇っていました。
 
「私と桜、どっちが長くもつかな?」
 
もう来年は見ることができないであろう満開の桜を見上げる弱々しい姿に、私達は涙をこらえることができませんでした。
 
入院してから5日目に、彼女は天国へ旅立ちました。
 
彼女の目には「見納めの桜」はどのように映ったのでしょう?
こんなにも早くこの世を去る悲しみ、名残惜しさ、そして今日までひとりで頑張ってきた達成感。
 
私達にとって、桜の季節は彼女を失った悲しみの季節でもあります。
 
日本人が桜に寄せる特別な思い。今年は晴天続きの中、例年よりも早く、各地で見事な花を咲かせています。
 
あと何回、桜を楽しむことができるのか? 年齢を重ねるごとに、そんなことも考えるようになります。
 
そうだ!桜前線とともに北上すればいいんだ!
案外お気楽!
 
Sponsored Link

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です